グレー人間

寝ようと思ったのに、ついうっかり「考える」という番組を見てしまった。
「男女の間に友情は成立するか」
「人間は良い人か悪い人か」
てなテーマを6人の芸能人が4時間話し合って結論を出す過程を見て楽しむという番組。
同じ討論番組でも真剣十代しゃべり場などとは主旨と趣がだいぶ違うし、雰囲気もかなり緩い。
常にイニシアチブを取ろうとする人がいたり、それに乗っかる人がいたり、流れを見てやんわりとまとめようとする人がいたり、なんか違うと思いつつもだんだん感化される人がいたり、割とぼけーっとしている人もいたり。
皆の意見のバランスを取り最終的には落とし所に収まるのが面白い。
6人いると政治が発生する、と専門家らしき人が言っていてなるほどと思った。
私はすぐに人の意見に流され、時折ぼけっとする派…!
いや、こういう二択の問題はどちらもある意味正しいよなあとかこの部分では違うよなあとか思ってしまうというか、割とグレーを貫きたい派。
…結論を出さなきゃならないのにそれじゃ駄目じゃん、この場合においては己の考えが無いに等しいってことだなあ。
取捨選択や決断がすこぶる苦手なのであります。
どうにかしたい自分の短所の一つ。
基本はけっこう頑固なんですがねえ。
自分が割とどうでもいいと思っていることすら決められない、というかむしろ難しい。
人生において大事な決断は大事であればあるほどよく間違えたり。
その時は間違ったと感じたりするけども、広く長い目で見れば間違いなんてものはないと思いますが。
この辺りもグレー…。


「男女の友情」については、男友達がいたことが全くないのでまるでぴんと来ないんだが、成立するに一応一票。
お互いが友達と思っているならば友達なんではないかというなんとなーくな感覚的な考え。
そもそも「友情」という定義から煮詰めないといけませんよね。


性善説性悪説ってのは難しいよな…。
この番組のテーマは「良い人か悪い人か」だから多分微妙に性善説性悪説とは違うんですが。
そして昔の中国人が唱えたこの説のこともあんまりよく知らない…!
何が善で何が悪であるか、何をもって善悪の判断をするのか、という定義がこれも必要になってくるよなあ、難しい。
それに善悪なんて、時代や国や文化によって変わるし人それぞれだし関係性によって変わりますしね。
私はどちらかといえば性悪説寄りかなあ。感情的には善!って言いたいくらいなんだけども。
とは言っても、生まれたばかりの赤ん坊は善も悪も無いと思うんだ。
だから本当は性白説を取りたい。…出た、グレー!
でもがんばるんだ…!(必死)
例えば一切親からのしつけもなんの教育もなしに野性で一人で育ったとして、社会にいきなり放り込まれたとしたらどうだろう。
つまり、しつけや教育で道徳心やら善悪の判断やらルールを教えて、本能のみの状態から理性や社会性を持った状態へ導かないと、社会的に生きていく上で「悪」と判断されてしまうのではないかと。
人間は社会的な生き物だから。
他者が存在するからこその善悪だと思うのです。
この世に全くの一人きりならば、善も悪もないんじゃないかと。
本能で生きる他の動物にもきっと善悪の概念はない。
思考を持って言葉を使って社会に生きる人間として生まれた以上、善だ悪だという相対的な評価がなされ、絶対的な悪も存在する。
人間は「悪」で生まれるけど「善」にもなるよというんでなはく、「悪」を持ち続けつつ「善」になろうとする、なる生き物なんではないかと。


…と、ここまでとりあえず考えてずん止まった…!
ああ、破綻がみえる…!
ちなみになんとなく流れ的に人間社会において「本能」を「悪」、「理性」を「善」と定義してみようと頑張ってみたもののたけどそれすら無理だった…。
そして実際はそんなことはないと思います。
ぬあー、本当に考えることが苦手だあ。
論理的思考というものがまず私の頭の中には皆無らしい。
考えることをしてこないとこうなるんだな…。
まるで趣味かのように悩んで凹みこそすれ、あんまり考えてはいないらしい。
なんかいい訓練になった。
どっちが正しいとかはないことを自分なりに煮詰めるって疲れるなあ。
考え始めると、いちいち一つ一つの言葉の意味に囚われてあーでもないこーでもない、よくわからんってな風になる。
言葉をうまいこと使いこなせないらしい。


6人の芸能人の場合、3回目までの結論が「良」だったのが、最終的には「人間は欲望を抑えて鍛練し成長していく生き物だから」というような理由で「悪」と結論付けていたのはなかなか面白かったです。
おぉ、それだ!と思いました。(すぐに他人の意見に流される)